THE WAY OF TEA
宗梯 侘数寄常住 男の茶之湯



雲中の方丈


私が「方丈」をはじめて体感したのは、

岩鷲山に献茶奉納をしたときであります。


おりからの台風で

空は不気味に黒く、


真闇と濃霧に包まれた雲中の山頂は、

どんなに強力なライトで照らそうが、

霧に反射されて、3m先さえ見えない、

閉ざされた世界でした。


献茶が終わり、


まさに霧の結界に囲まれた小間に座る心持で、

一碗の茶を飲んだとき、


その結界の向こうに、


無限宇宙が広がっているのを体感したのであります。


維摩居士の方丈。

茶室の小間の意味に、


気が付いたときであります。




岩鷲山 雲中の方丈
(岩手山:標高2,038m 山頂の石仏)


維摩居士の方丈のこと

  文殊菩薩から獅子座の話を聞くと、維摩居士は瞑想に入り、須弥相(しゅみそう)の世界に思いを念じた。

 すると、それを感じ取った須弥相の須弥燈王仏(しゅみとうおう)は、巨大で美しく飾られた三万二千の獅子

 の宝座を、一瞬のうちに、方丈の庵室に送ってよこした。

   この突然の出来事に、そこに居た菩薩や大弟子、帝釈天、梵天、四天王などの守護神は、皆大変に驚

 いた。

  維摩居士の方丈の草庵には、すでに三万二千もの大徳(菩薩たち)が入り、そのうえ今度は、高さが六万

 八千由旬もあるという、目もくらむような巨大な椅子が、三万二千脚も、そこに現れたのである。

  しかし、それでも方丈の草庵には、まだ十分な余裕があった。

 それは、草庵が、獅子宝座にふさわしく大きく広がったように見えるのであるが、不思議なことには、周りを

 押しのけて巨大化したわけではなく、草庵がある毘耶離(びやり)の都も、その周りの野山も、空も、いつもと

 何ひとつ変わらず、そして、そこに住む人々も、この不可思議に何も気づくことはなかった。

  獅子座がおさまると維摩居士は言った。

  「さあ皆さん、御身をこの獅子の宝座にふさわしく変身して、どうぞお座りください。」

 すると、文殊菩薩をはじめ、悟りの深い菩薩たちは、須弥相の仏たちと同じく八万四千由旬の身長の巨大

 な姿になり、大地を揺るがすようにして獅子の宝座に座った。

  一方、まだ発心したばかりの菩薩や大弟子たちは、みな力が足りず、巨大な獅子の宝座に攀じ登ること

 さえできないのであった。

 

              『維摩経』 不思議品 (鳩摩羅什訳「維摩経」を底本に泉澤宗梯 訳す。) 

 


三畳台目の茶室の畳目数は、維摩居士の方丈の草庵に入った三万二千の大徳と、

ほぼ同じ数である。

もし、畳一目を須弥燈王の獅子宝座とするならば、茶室の広さは、はて如何程に

なるのであろうか。

草庵の宇宙に覚醒しない茶人は、その畳一目に法界を見ることはない。

悟りの足りない菩薩たちが、維摩居士の草庵で獅子の宝座に上れなかったと同じよ

うに、未熟な茶人もまた、茶室宇宙の宝座に座ることは出来ないのである。